HUNTER×TRAINER


 ボクの名前はケンジ。ポケモンウオッチャーだ。
 今ボクは、サトシ、カスミと一緒にオレンジ諸島を旅している。
 ある島の大きな木の下で、ボクたちは昼食後の一休みをしていた。
 うとうととまどろんでいると、不意に一発の銃声が響いた。
「キャアーッ!」
 続いて、女性の悲鳴が響きわたる。
「なんなんだ、一体……」
 ボクたちは、驚いて木の上を見上げた。木の枝が、がさがさと音を立てていた。
 そして、見上げているボクの真上に、少女が降ってきた。
「危ない!」
 ボクは思わず手を伸ばしたものの、彼女を支えきれずに一緒に倒れてしまった。
「イタタ……」
 どうやら左手首を捻挫してしまったようだ。
 彼女のほうは、木の枝がクッションになったのか、奇跡的にかすり傷しかない。
しかし、気を失っていた。
「キャア!」
 今度は、カスミが悲鳴を上げた。カスミの横に、血塗れのピジョットが落ちてきたのだ。
 カスミの悲鳴で、少女は意識を取り戻した。
「ピジョット! あたしのピジョットは?」
 少女はがばっと跳ね起きたが、ふらついて倒れそうになった。ボクは、また腕を伸ばして彼女を支えた。
「ピジョット……」
 ボクは彼女を支えながら、ピジョットに近づいた。
 ピジョットは、息はあったが危険な状態だった。ボクはリュックからいい傷薬を出してつけてやったが、気休めぐらいにしかならなかった。
「……すぐにポケモンセンターに運んで、治療してやらないと」
「ここからいちばん近いポケモンセンターは、どこ?」
「この道を真っ直ぐ行って、歩いて1時間ぐらいだな」
「1時間も!?」
 少女は急にしっかりした表情になると、ピジョットをモンスターボールに戻した。そして、別のモンスターボールを投げた。
「ギャロップ、お願い!」
 少女はギャロップにひらりと飛び乗ると、後も見ずに駆けだしていった。
「俺たちも、行こうぜ!」
 サトシの言葉に、ボクも、カスミも頷いた。

 ポケモンセンターに着いたときは、ピジョットは手術の真っ最中だった。
 手術室の入り口の前に、あの少女が蒼白な顔をして立ちつくしていた。
「ピジョットの様子は?」
「……死ぬわけがないわ。あたしが初めてゲットしたポケモンなのよ。ポッポからずっと育ててきて。あたしの大切なピジョットが、こんなことで……」
 少女の声はかすれていて、ボクたちに話すというよりは、自分自身に言い聞かせているようだった。
 そのとき、手術室のランプが消えた。
 出てきたジョーイさんに、少女は駆け寄った。
「ピジョットは?」
「命は何とかとりとめたわ」
 それなのに、ジョーイさんは深刻な表情だった。
「でも、ピジョットの羽は……。もう2度と飛ぶことはできないわ。何とか元通りになるように努力したんだけど……」
「そんなことって……」
 サトシがつぶやいた。
 飛べないピジョットは、もちろんバトルにも使えない。
 少女の白い頬に、さっと赤みが走った。
「いいの! たとえ飛べなくても、バトルができなくても。生きていてさえくれれば、それで……」
 ジョーイさんの顔に、少しほほえみが戻った。
「あなたも怪我しているのね。手当してあげるわ」
「あ、ジョーイさん、ケンジの手当もお願いします。左手首捻挫したらしくて」
 サトシの声に、少女は初めて真正面からボクの顔を見た。
「ごめんなさい、あたしのせいね」
 少女の目は黒目がちで、まつげが長くて、びっくりするぐらいきれいだった。
「大丈夫だよ、たいしたことないから。ボクはケンジ。こっちはサトシにカスミ。君は?」
「あたしは、よ」
 ボクたちは、並んでジョーイさんに手当をしてもらった。
「……それじゃあ、ピジョットに乗って旅をしてるんだ」
「島から島へ渡るときはね。陸地では、たいてい歩くわ」
 は、サトシのようにポケモンマスターを目指すトレーナーで、やはりオレンジリーグに参加するためにバッジを集めている途中だった。
「……それが、こんなことになるなんて。一体誰が……」
 は、悔しそうにうつむいた。
 空から落ちて死ぬような目にあっても、涙ひとつ見せない。
 なんて強い娘なんだろう、とボクは思った。

 ジョーイさんの通報を受けて、ジュンサーさんが事情聴取にやってきた。
「銃で撃たれたんですって? 最近オレンジ諸島には密猟者が多いのよ。ついにこの島にもやってきたのね」
「密猟者?」
「ええ。ゲットするのではなく、銃で撃ち殺して剥製や毛皮にするの。いわゆるポケモンハンターね」
「そんな、ひどい……」
 カスミが、ショックを受けたようにつぶやいた。
「狩猟が認められている地域もあるのよ。でも、オレンジ諸島は禁猟区なの。現場に案内してもらえるかしら」
「ケンジとさんはここに残ってろよ。怪我してるんだし」
 サトシの申し出に、はきっぱりと首を振った。
「冗談じゃないわ! やられたのは、あたしのピジョットなのよ」
「当然、ボクも行くよ。たいした怪我じゃないしね」
 ボクたちはそろって、ジュンサーさんのジープに乗り込んだ。

 ボクたちは、さっきの場所までやってきた。
「ガーディ、火薬か血の匂いをたどってちょうだい」
 ジュンサーさんは、ガーディに命じた。
「そういうことなら……」
 ボクは、モンスターボールをふたつ投げた。
「コンパン、マリル、おまえたちも怪しい奴を捜すんだ」
 しばらく草原を歩き、大きな岩の陰のところでガーディは吠えた。見ると、薬莢が落ちている。
「ここから撃ったのね」
「リルルー、リルルー!」
 そのとき、マリルが騒ぎ出した。何かの音を聞き分けたようだ。
「どこだ? マリル」
「リルー!」
 マリルは、岩を越えて茂みの中を走り出した。ボクたちは後を追いかけた。
 少し走って茂みを抜けた別の岩の陰に、ライフルの引き金に指をかけている男の姿が見えた。
 銃口の先には、草を食べているサイホーンがいた。
「危ない、サイホーン!」
「やめろーっ!」
 カスミとサトシが同時に叫んだ。
「マリル、水鉄砲だ。あの銃を狙え!」
「リルーッ!」
 マリルの水鉄砲が、男のライフルに命中した。男は引き金を引いたが、水圧で銃口がそれて、サイホーンには当たらなかった。
 銃声に驚いたサイホーンは、すぐに逃げ出した。
「ちきしょう! チャンスだったのに」
 男は悪態をつきながら、ボクたちのほうを見た。ジュンサーさんの姿を見てぎくりとしたようだが、逃げるわけでもなく、むしろ不敵な笑みを浮かべてボクたちが近づくのを待っていた。
「あなたを密猟の現行犯で、逮捕します」
「ちぇっ、ついてねえな。ピジョットは仕留め損ねるし、サイホーンには逃げられるし……」
 それまで黙っていたは、男のそばに近寄ると、いきなり平手打ちをした。
「……威勢のいいお嬢ちゃんだな」
 男は怒るわけでもなく、赤くなった頬を手のひらで撫でている。
さんに謝れ。おまえの撃ったピジョットは、彼女のポケモンなんだ」
「ほう……」
 男はカーキ色のジャケットのポケットから、煙草を取り出し火をつけた。
「そいつはすまなかったな。あんたの所有物に手を出しちまって」
「ピジョットは物じゃないわ! 大切な友達よ!」
 は、また手を振り上げた。しかし、今度は男はその手を押さえた。たいして力を込めたふうでもないのに、は痛そうに顔をしかめた。
「可愛い顔してるけど、手の早い女は嫌われるぜ」
 そして、男はマリルやピカチュウ、トゲピーを代わる代わる眺めた。
「オトモダチね。そのお友達を死ぬほど痛い目にあわせて、自分の名誉を欲しがるんだよな。ポケモントレーナーって奴は」
「なんだと!」
 サトシは、拳を握りしめた。
「だってそうだろう? ポケモンマスターだのなんのって威張ってみても、強いのはポケモンで、トレーナーのやってることは安全圏からボールを投げるだけじゃないか。名誉が欲しければ、自分で戦えよ。俺みたいに」
「おまえのやってることは、金目当てのポケモン殺しだろう。バトルと一緒にするな!」
「ま、金目当てって言われちゃ、否定はできないけどな」
 男は足下に煙草を捨てると、靴で踏みにじった。
「きれい事言ってないで、素直に認めればいいんだよ。ポケモンなんて、所詮は駒にすぎないってことをさあ。それをオトモダチだのなんのって、ガキの言ってることは青くてあくびが出るね」
 ボクの中で、何かが爆発した。男を殴りかかろうとするサトシの前に、ボクは立ちはだかった。
「ポケモンは、駒じゃない! ポケモンとトレーナーの間には、愛情と信頼関係がある。バトルは共に成長していくための場なんだ。名誉や、金のためじゃない!ポケモンと人間は共存しているんだ。自分の欲のために、平気でポケモンを殺すあんたに、何がわかる!」
「わからんね。わかりたいとも思わんね。何が愛情に信頼関係だ。そんなモノ、人間同士だってそうそう育ちやしないのに」
「……あんた、友達いないんでしょ」
「おかげさまでね」
 カスミの突っ込みにも、男は平然と答えた。
 ジュンサーさんが、咳払いをした。
「とにかく、あなたのしたことは犯罪よ。署まで来てもらいましょうか」
「やれやれ、美人の婦警さんとドライブできるのだけが、唯一のいいことだな」
 男は無駄口を叩きながら、ジュンサーさんとジープに乗り込んだ。
 ボクたちは、複雑な思いでそれを見送った。

「ごめんね。ピジョットが心配だから、先に戻るわ」
 は、またギャロップに乗ってポケモンセンターへ向かっていった。
 ボクたちは、来た道をのろのろと歩いていった。
 しばらくして、サトシが口を開いた。
「ケンジ……、さっきはありがとな。俺、あいつに言いたいこともきちんと言えなくて。ケンジが言ってくれて、助かったよ」
「でも、ボクの言葉は、あいつには届いていなかったけどな」
「あいつって、過去に何かあったのかな。親友に裏切られたとか……」
「たとえあいつの人生に何かがあったとしても、ボクはあいつの考え方を認めない」
 あのときはああ言ったけれど、本当はポケモンのことを駒扱いにしているトレーナーがいることを、ボクは知っている。
 弱いポケモンを捨てたり、過酷なトレーニングを課してポケモンを潰してしまうトレーナーを何人も見ている。
 だけど、そんなトレーナーはごく一部で、ほとんどのトレーナーとポケモンの間には「愛」があると信じたい。たとえ、青いガキの理想と言われようとも。
「だけど、後味悪いわね。結局あいつの考え方も、変えられなかったし」
「『狩る者』と『育てる者』の間だの溝は深い。この溝を埋めるには、言葉だけじゃ足りないんだ。……サトシが見せてやれよ、世界中の人間に。愛と信頼で共に成長していくポケモンとトレーナーの姿をさ」
「ああ……」
 サトシは、傍らを歩くピカチュウを見た。ピカチュウも澄んだ瞳で、サトシを見上げた。
「そうだよな」

 ポケモンセンターに着いたときには、すっかり日も暮れて大きな丸い月が辺りを照らしていた。
 宿泊手続きをとって、サトシとカスミは食堂に行ったが、ボクはピジョットの病室へ行った。
 横たわるピジョットの傍らに、は身動きもせずに立っていた。
「……どう? ピジョットの様子は」
「まだ、目が覚めないの」
 相変わらず蒼白な顔で、はつぶやいた。
「食事してないんだろ? 食べてきなよ。ピジョットにはボクがついてるから」
 は、首を振った。
 ボクたちは、黙り込んだまましばらくピジョットを見つめていた。ピジョットの心臓の動きを表すモニターの音だけが、静かな病室に響きわたる。
「……ケンジくん、あの男の言ったこと……」
 不意に、が沈黙を破った。
「えっ?」
「あたし、ピジョットのこと大切な友達だと思ってるわ。だけど、強いポケモンマスターになることも幼い頃からの夢なの。そのために、たくさんトレーニングやバトルをしたわ。だから、ポッポはすごく早くピジョットまで進化したんだけれど……」
「ああ。君のピジョットは、とてもよく育てられているよ」
「でも、それはピジョットにとって、本当に幸せなことだったのかしら。あのまま、ポッポのままで、生まれ故郷の森で静かに暮らしていたほうが、ピジョットのためには……。ピジョットにとって、あたしは友達なんかじゃなくて無理にバトルをさせる嫌な人間だったんじゃないかって……」
「ポッポがそんなに早くピジョットに進化できたのは、君の『愛』に応えたからだよ」
「あたしの『愛』?」
「ピジョットがもう飛べないってわかったとき、君は言ってたじゃないか。『生きていてくれさえすればいい』って。バトル用の駒としてじゃなく、君はピジョットをピジョットとして愛しているんだ。きっとピジョットも、君の気持ちをわかってくれているよ。もっと自信を持つんだ」
「……ケンジくん」
 の目から、大粒の涙がこぼれた。ボクに抱きついて、大声で泣き出した。
 ボクは慰めるように、軽くの肩を叩いた。
 ふと見ると、ピジョットの目が開いて、のほうをじっと見ていた。
、ピジョットが目を覚ましたよ」
 は急いで、ピジョットのほうに向き直った。
「ピジョット! 良かった……」
 涙でぐしゃぐしゃのを、ピジョットは優しく見つめていた。その瞳は『愛』を物語っていた。

 3日ほどで、ピジョットは無事に退院することができた。
 ボクたちは、一緒に海辺まで歩いていった。
「フェリーの出る島まで、一緒に乗ってかないか?」
 ラプラスを出しながら、サトシがに言った。
「ありがとう。でも、あたしにもこの子がいるから」
 は、モンスターボールを投げた。中からはジュゴンが現れた。
 ボクたちは、それぞれのポケモンに乗った。
「それじゃ、元気でね」
「今度会ったときには、バトルしようぜ」
 ボクたちは、に手を振った。は少し進んでから、振り向いて叫んだ。
「ケンジくーん! いろいろありがとう!」
「ピジョットと仲良くな!」
 やがて、とジュゴンは波間に消えた。
「……ねー、ケンジ、さんの連絡先とか聞いておいたほうが良かったんじゃない?」
 しばらくしてから、カスミが意味ありげに言った。
「なんで?」
「だってー、さんってば、絶対ケンジに脈ありだったわよ。連絡取り合ってれば、これから発展があったかもしれないじゃない。ケンジって、自分のことには意外とにぶいんだから」
「でもさ、連絡先聞いたってお互い旅の途中なんだし。連絡なんて、つけようがないんじゃないか?」
 至極まっとうな意見を述べたサトシに、カスミは冷たく言い放った。
「お子さまは、黙っててちょうだい!」
「ピカチュウ〜、カスミだってお子さまだよな〜」
 ピカチュウが、慰めるようにサトシの頭を撫でた。
 カスミだって自分のことにはにぶいだろ、と言おうと思ったけど、やめておいた。
 ボクは、目の前に広がる海を見た。
 これからも、いろいろな場所で、いろいろなポケモンやトレーナーたちに会うだろう。
 彼らのほとんどが、『愛』に満ちた関係であることを、ボクは信じている。
 

生まれて初めて書いた2次創作です。
萌えキャラ×自分で妄想するあたり、今とまったく変わらないw
(しかも自分は美化120%!!)
タイトルは例のマンガの影響受けまくりですね。あの頃は好きだった。